日常の備忘録

毎日思ったことを書いていきます。

「親友」という言葉の捉え方を考える

こんばんは、小山内です。昨日は「植物」について書きました。

さて、本日は「親友」について書きたいと思います。

 親友という二文字、どう思いますか?わたしの友人は親友という言葉が嫌いなそうで。たしかに言葉に決められた関係ってちょっと違和感があるのかもしれませんね。作家・綿矢りささんの『かわいそうだね?』でもこんな一節がありますよね。

 

彼氏彼女と呼び合う関係に、一体何の意味があっただろう。誰と誰の心が深くつながっているかに呼び名なんて関係ない

 それでもわたしには「親友」と呼びたいたったひとりの女の子がいます。この世で一番好きなんですよ、彼女のこと。だから親友とあえて呼んでいるのですが、それは現在の関係を表す一言というより、わたしの一方的な想いに近いのかもしれないなぁと最近思うのです。たしかに「親友である」という関係自体には興味がないんです。ただ親友という言葉が今の日本でもっとも大切な友人を表す一言だから、彼女をそう読んでいるんです。彼女がわたしを親友と思っているかどうかは関係ないし、「わたしたちが親友であること」を了解しあう必要なんてないんです。

 

なんだか難しい話になってきましたね(笑)。つまり、綿矢りささんのいう通り、誰と誰の心が深く繋がっているかに呼び名なんて関係ない、ということに同意したいということです。わたしが親友を親友と呼ぶということだけで、私たちは親友であると誰かに言いたいわけではないんですよね。たったひとり、この世で代え難く好きな友人、それが親友だと思っています。周りから見たふたりの関係性にはなんとでも、名前をつけてくださいと言った具合なわけです。

 

これを読んでくれている、あなたにとっての親友ってなんでしょう?なにか、見返りのある存在でしょうか、自分の心を依存させている存在でしょうか。わたしの友人は「親友」という言葉が嫌い。とさっきお話ししましたが、友人の中では親友という言葉がどういう風に捉えられているのでしょう、とっても気になりますね。